8月16日:獅子の休み(一眠)
孵化から3日目。餌を食べなくなりました。
このまま死んでしまうんじゃないかと思うほど動きもにぶくなります。
どうやら最初の脱皮がはじまるようです。
▲これは前日の写真です。黒いところが頭です。まだしっかり体についていることが分かるでしょうか。
▲そして、これが脱皮がはじまったばかりの写真です。
頭の殻(から)が鼻先にずれています。
これが脱皮のはじまりです。
お蚕さんに限ったことではありませんが、芋虫は脱皮をする直前に餌を食べなくなり、死んだように(眠ったように)動かなくなります。
その状態を、養蚕用語で一眠(いちみん)と呼んだり、獅子の休みと呼んだりします。
「獅子の休み」はお蚕さんの伝説と関係があります。
天竺に霖異王(りんいおう)という人がいました。
王には金色姫という美しい娘がいました。
最初のお后様は金色姫を産み落とすと、すぐに病気で亡くなられました。
そこで王様は、新しいお后様をむかえるのですが、この人はあまり心のよくない人で、自分と血のつながらない金色姫をにくんでいました。
そこで王様が留守のあいだに姫を獅子吼山に捨ててしまいました。
しかし、美しい姫を、山の獅子たちは決しておそわず、かえって姫を背中にのせてお城におくりとどけました。
お后様は、どうしても姫をなき者にしたいと考えて、鷹群山に捨ててしまいました。
しかし、鷹は美しい姫を自分の雛と同じようにいつくしんだので、姫は死にませんでした。そのうち王様の家来が姫をみつけてお城に連れ帰りました。
意地でも姫を殺してしまおうと思ったお后様は、姫を船で海眼山という島につれていき、捨ててしまいました。これなら戻ってはこられないでしょう。
しかし、通りがかった漁師が姫をみつけ、お城に送りとどけました。
三度失敗したお后様は、今までのやりかたでは生ぬるかったと思い、今度は城の庭に穴を掘らせ、姫を生き埋めにしてしまいました。
ところが姫は死にませんでした。旅から帰った王様が、庭の土が光っているのを見て家来に掘らせると、中から金色姫が出てきました。
そこで王は、姫がどんな目にあっていたか知り、このまま城に置いたのでは后にいじめ殺されてしまうと考えて、桑の木をくりぬいてつくったうつぼ舟に姫をのせて海に流しました。
その舟は日本の常磐国豊良(ときわのくに とよら)というところに流れ着きました。
浜の者たちは姫をたすけて手厚いお世話をしましたが、しばらくすると姫は死んでしまい、姫の霊魂は芋虫になり、美しい繭を作るようになったのです。
このお話は、古くは江戸時代の『養蚕秘録』という本に収録されており、日本のあっちこっちに昔話として類話が伝わっています。
1. 獅子の山に捨てられる
2. 鷹の山に捨てられる
3. 船で島に捨てられる
4. 庭にうめられてしまう
この四つの受難は、お蚕さんが四回脱皮すること、脱皮の前に死んだように(眠ったように)なることを意味しています。
伝説が先なのか、呼び方が先なのかわかりませんが、一眠を獅子の休み、二眠を鷹の休み、三眠を船の休み、四眠を庭の休み、などと呼ぶそうです。
この呼び方や、姫が受ける受難は地方ごとに少しずつ違いがあるみたいです。群馬の昔話に衣笠姫というのがありますが、
1. 厩に捨てられ、馬に蹴られたせいで背中に馬蹄形の痣ができる。
2. 竹やぶに捨てられる
3. たらいで川に流される
4. 庭に埋められる
という感じになっています。
最初の馬に蹴られて痣ができるのは、お蚕さんの背中に馬蹄形のあざが四ヶ所あることにちなんでいるようです。
二番目の、竹やぶに捨てられるのは、群馬では竹のことを「たか」と発音することがあるので、鷹が訛ったんじゃないかと思います*1。
群馬も広いので地方ごとに違いもあるでしょうが、四回の眠を「しじ、たか、ふな、にわ」と呼んでおり、呼び方の違いがお話に影響を与えているのがわかります。
なお、最後に王様が姫をうつぼ舟に乗せて流しますが、この舟は大木をくりぬいて作った脱出ポットのようなもので、お蚕さんが最後に繭(まゆ)になることを意味しています。
養蚕にまつわる伝説は各地にいろいろあるはずです。
http://www.chinjuh.mydns.jp/ohanasi/365j/0306.htm
このページはずいぶん前に作ったものですが、養蚕にまつわる伝説を大ざっぱに探してまとめたものです。
本気で探せばもっと沢山でてくると思います。
日本だけでなく、中国にもあるでしょうし、インドや東南アジアにもあるかもしれません。
ヨーロッパの例も気になるところです。
日本ではあまり知られていないことですが、スペインなどではけっこう盛んに養蚕をやっていたようです。
*1:わたしが子供の頃にも祖母や祖父が竹箒のことを「たかぼうき」と呼んでました。勝手に「高箒」だと思い、台所箒にくらべて背が高いからだと思っていたことがあります。